カテゴリ:歴史( 30 )

まちなか文化祭・三条別院見学

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3月31日、選抜高校野球大会で智弁学園が高松商業を破り初優勝を果たした。
宗教法人の学校は何で野球が強いのだろうか?
決勝戦は本当に良いゲームだった。
今大会は12日間で50万人が甲子園に入場した。少年野球の選手達を招待した事で、毎回バックネット裏で観戦しているラガーシャツのおっさんがTV中継に映らなくて、とてもすがすがしく見る事が出来た。夏の大会も同様な企画をお願いしたい。
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阿弥陀如来像は横から見ると体が前傾している。正面からではそれがわからない。
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見事な孔雀の絵がふすまに描かれている。
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三条別院は二度の大火にみまわれ焼失し、現在の本堂は明治39年(1906年)に建立されたものである。
旧御堂にはその時の柱が曲がった状態で使われている。決してレンズの歪曲収差ではありません。
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この書は、NHK大河ドラマ「平清盛」の題字も揮毫した、ダウン症の書家、金沢翔子さんである。
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宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要を記念して世界初の鎚起(ついき)銅器製の駒札を燕市の玉川堂さんが製作した。
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明治時代、東本願寺再建での巨木運搬のために門徒女性から献納された黒髪と麻を編みこんで作られた毛綱である。
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F6.3 1/80秒  ISO1000  ニッシンストロボi40  12:03 晴れ
撮影日 2016.3.6 撮影地 三条市本町2・真宗大谷派三条別院
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by chonger57 | 2016-04-04 08:58 | 歴史 | Comments(0)

まちなか文化祭・かじまちの家見学

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本日タイヤ交換した。全部終了してホイルカバーを取り付けようとしたら1本だけバルブチューブから空気が漏れる音がした。
「せっかく終ったのに・・・・」
近くのカーショップでパンク修理をしてもらう。
店長の話では「タイヤがもう古いので新しい物に交換しては?」と言われたが、まあもう1年我慢することにした。

歴史ある建物見学会でかじまちの家に来た。
ここにくればお雛様が見れると思い、予想通りだった。
お茶やお菓子までご馳走になりました。
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F5.6 1/100秒  ISO1000  ニッシンストロボi40  13:01 晴れ
撮影日 2016.3.6 撮影地 三条市本町6・かじまちの家
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by chonger57 | 2016-04-02 22:15 | 歴史 | Comments(0)

久須美秀三郎

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久須美秀三郎 くすみ-ひでさぶろう
(1850-1928) 明治-大正時代の実業家、政治家。
嘉永(かえい)3年3月15日生まれ。明治13年新潟県会議員。日本石油、北越鉄道(JR信越本線)の創立にかかわる。
越佐新聞発行所長、越後鉄道(JR越後線)社長をつとめた。35年衆議院議員(当選2回、憲政本党)。昭和3年1月18日79歳で死去。
JR越後線小島谷駅広場には胸像が建つ。
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トップライトが強いと顔の部分に樹木の陰が出来てしまった。
こんな時は白い傘をデフューザー代わりにして太陽の光を弱めればよかったが、私一人ではちょっと無理があった。

本日、スーパーで夕食の買い物をしていたら、遠くから俺に会釈して「先輩こんばんは!」と呼んでいる。
すっかり老眼になって目がかすむ自分には誰だかわからなかった。
それもそうだろう、なんと中学時代の野球部の後輩である。
近くによって少し話をしたら記憶が甦ってきた。
「小学校の頃、日吉神社でよく野球したねえ」
何十年経っても俺の事を覚えていてくれた事へ感謝いたします。ありがとうございました。
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F8.0 1/640秒  ISO500  ニッシンストロボi40  14:31 晴れ
撮影日 2015.11.5 撮影地 長岡市・JR越後線小島谷駅
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by chonger57 | 2015-12-15 19:52 | 歴史 | Comments(0)

はちすば通り~那須与一地蔵尊

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島崎川にかかる島崎橋のすぐ脇に那須与一地蔵尊のお堂がある。
この地蔵尊は出雲崎の殿様の守護仏であったといわれており、南北朝の動乱により城山に埋められた地蔵が、長い年月を経てこの島崎に流れ着いた。
そして金七という人に救い上げられ、金七地蔵とよばれて信仰を集めていた。
ところがある日、地蔵尊が盗難にあった。
その数年後、島崎に住むまるや善助なるものが三条へ旅をしていた時に、良寛さんと会う。
二人で島崎へ帰る途中に、「善助、ここだよ。私も一緒に島崎に帰りたいよ」と声が聞こえた。
声の方を探してみると古物商の店先で盗難にあった金七地蔵が立っていた。
善助は、この事を店主に聞かせると、「この地蔵様は昨年、若い男が持ってきて、重くて運べないので店先に置いて逃げて行った」と話してくれた。
そして店主のご好意で持ち帰っても良い事になった。
善助は喜んで、風呂敷に地蔵様をくるむと、良寛さんが「お地蔵様、どうか軽くなってくだされ」と合掌した。
すると、地蔵様が軽くなり、二人は無事この地蔵様を島崎に持ち帰ったとの言い伝えが残っている。

大正初期に、地蔵さまの胎内より「那須与一守本尊」なる巻物が発見され、それ以来与市地蔵尊と呼ばれている。
毎年、7月24日には地蔵様の祭りがあり、開帳される。

午後の太陽が強い光線での撮影で、堂内は影で真っ黒になった。
こんな時はストロボを中に入れて、ワイヤレスで発光させるテクニックを使えばよかった。
今思えばそんな風にひらめくが、その時は何も考えていなかった自分に反省せざるを得ない。
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F11 1/400秒  ISO500  14:18 晴れ
撮影日 2015.11.5 撮影地 長岡市島崎・はちすば通り
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by chonger57 | 2015-12-15 12:15 | 歴史 | Comments(0)

はちすば通り~木村家

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良寛さんは晩年島崎の木村家に身を寄せ、足掛け6年間その地域の人々と穏やかな日々を送る。
この島崎の地で良寛さんを生涯の師として慕った貞心尼(ていしんに)と初めて出会った。
良寛さんが74才で遷化(せんげ)するまで二人の交流が続き、数多くの相聞歌(そうもんか)が残されている。
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F13 1/200秒  ISO500  14:06 晴れ
撮影日 2015.11.5 撮影地 長岡市島崎・木村家
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by chonger57 | 2015-12-15 12:13 | 歴史 | Comments(0)

はちすば通り~隆泉寺

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木村家菩提寺の隆泉寺には良寛さまのお墓がある。

毎週水曜日 午後10:00~10:25 までEテレ(教育) 『100分de名著』という番組で良寛さんの詩歌集を紹介している。
難解な1冊の名著を、25分×4回、つまり100分で読み解いていく。
明日はその3回目である。
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托鉢姿の良寛銅像
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本堂の前には菊の鉢植えが並んでいた。その向こうに見えるものが?
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良寛さまのお墓である。背後が一般住宅なので、遠慮して遠くから撮影している。
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F11 1/200秒  ISO500  13:39 晴れ
撮影日 2015.11.5 撮影地 長岡市島崎・隆泉寺
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by chonger57 | 2015-12-15 07:53 | 歴史 | Comments(0)

はちすば通り~宇奈具志神社

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宇奈具志神社の創祀年代は不詳であるが、養老年間(717~724)に現社地の南800m程の字大田に出現し、出田神社と称し当村の産土神として信仰されてきた。
宝治二年(1248)に現在地に遷座する。
祭神は大田命(猿田彦大神)。
明治3年(1870)に社号を宇奈具志神社に改称した。

毎年8月16日には六夜待祭で子供の弓踊り行列が行なわれ、何度か撮影に訪れた事がある。
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良寛歌碑
詩 いずれの処にか蒸炎を消さん ひとり愛す 出田宮 民々耳に盈(ミ)つる蝉冷々林を出づる風
歌 みはやしは いづくはあれど越路なる 三島の里の 出田の宮
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by chonger57 | 2015-12-14 20:13 | 歴史 | Comments(0)

はちすば通り~妙徳寺

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良寛が貞心尼と出逢い、晩年を過ごした木村家から良寛の里までの通りを「はちすば通り」と言う。
二人の清らかな師弟愛で数多く残された相聞歌をまとめた歌集「蓮(はちす)の露」にちなんで、“はちすば通り”と名付けられ、良寛が晩年を過ごした庵跡や墓など十数ヵ所の史跡が点在する。
妙徳寺は、越後薬師霊場第8番札所として知られている。
この寺には国上山の五合庵を訪ね、自ら願って良寛の法弟となり、薪水をはじめ、良寛の身の回りの世話をしたといわれる遍澄(へんちょう)法師のお墓がある。
良寛の臨終の際に遍澄の膝を枕に遷化されたという。
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by chonger57 | 2015-12-14 12:31 | 歴史 | Comments(0)

辰ノ口清水

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大崎山のふもとにある県道の下に「辰ノ口清水」がある。
どこかの新聞記事の紹介で記憶があったので、三条市民でありながら初めて行って見た。
お盆にはお墓にかける水として地域の方に利用されているそうだ。
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F8.0 1/60秒  ISO640  ニッシンストロボi40  11:19 曇り
撮影日 2015.11.6 撮影地 三条市東大崎・辰ノ口清水
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by chonger57 | 2015-11-27 20:04 | 歴史 | Comments(0)

吉田町ブラ~本久寺

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松の木に蜂の巣があるのでご用心を。
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法華宗陣門流の本久寺。 本堂の左手に芭蕉の句碑がある。
「春もやゝ氣色とゝのふ月と梅 」
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α6000 E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS
F8.0 1/640秒  ISO400  13:07 晴れ
撮影日 2015.10.18 撮影地 燕市吉田・本久寺
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by chonger57 | 2015-11-18 20:43 | 歴史 | Comments(0)